2026年4月12日日曜日

うさぎねこ

子供が折った折り紙に
うさぎを描いた

「なんかうさぎ?ねこにみえる・・・」

「うさぎさんには おひげはないよ?」

「そっか、うさぎさんには、おひげないんだね」

「どうして、立ってるの?」

「どうしてだろうね」

「うさぎねこ!」

子供は大喜び

「うさぎねこ!」


2026年4月10日金曜日

大丈夫

明日から再び、忙しない日々が始まる。
想像すると怖い。
今、抱えているやらなくてはならないことと
平行して・・・

大丈夫、始まれば、なんとかなっていく。
なんとかしていく。
しないわけにはいかない。

大丈夫。

と・・・いう訳で
ブログの更新は不定期になる予感。

何か、残しておきたいことがあったら
すぐに書きます。

読んでくださり、ありがとうございます・・・





2026年4月9日木曜日

飛べない鳥の憧れ

2025年2月

 私は腕を痛めた

 激痛で眠れない日々を、1か月

 このまま仕事もできなくなるのではないか...そんな恐怖に襲われた

 痛みは治まらず、 気持ちとは裏腹に、夏には強い焦りを感じていた

 早く、早く治りたい

 けれど、痛みはなかなか引いていかない

 

いつしか... 諦めた

 受け入れることにした

 痛みに向き合い、 支えてもらいながら過ごす日々 

 まるで、傷ついた翼を抱えた鳥のように...


 パタパタと翼を動かしても、飛べない

 空を見上げては憧れるけれど、 飛ぶことができない

 けれど...飛ぶことをやめたとき

 飛ばない世界にも、穏やかな居心地があることを知った 


これまで知らなかったその世界は

痛みを抱えて見たからこそ、やわらかなものに包まれていた

痛みに寄り添い、
時に励まされ、
時に「止まりなさい」と教えられた

そんな時間の中で、

少しずつ、自分の在り方が変わっていった


まだ痛みは続いているけれど...

もしかしたら、もうすぐ
空が見えてくるのかもしれない


その時は大空へと...羽ばたいていきたい



2026年4月8日水曜日

エンジンをかけよう

週末からは、再び忙しない日々が始まる予定で、

来週からは本格的に動き出さなくてはならない。

この1年、腕を痛めて思うようにならなかった。

痛みの伴う腕をかばいながら、こなしていた。

何度も諦めかけた

でも、諦められなかったことがある。

痛みがひどい時は、今までやらなかったことを

こなしていた。

それが逆に良かったのかもしれない。

でも今のこの状態がここちよくて・・・

来週から始めなくてはならないことが、

本来は希望のはずなのになぜか腰が重い。

贅沢だよね・・・




2026年4月6日月曜日

上手く描くって、何だろう?

そういえば——
このブログを止めていた間に
私の中で、確かに何かが変わった。

私は、押し花アートを続けながら
子供絵画教室の講師をしている。

子供たちの感性や創造力を引き出したい...
そう思いながら向き合っている。

けれど、教室でよく聞く言葉がある。
「上手に描けない」

そのたびに、立ち止まる。
そもそも上手く描くって、何だろう?

見たままを正確に再現すること?
写真のように、ズレなく描くこと?

もしそれが正解だとしたら、
絵はただの“複製”。

もっと自由でいい。

感じたことを、そのまま外に出す。

形が歪んでも、線が多くなっても
大丈夫、それは間違いではなく、

そこから生まれてくる世界が待っている。

私は子供たちに言う。
「上手く描かなくていい」

大人は、知識や経験を手に入れる代わりに、

無意識に“正解”を探し始める。

人にどう見られるか?
間違っていないか?

表現は・・・怖がらなくていい。

整っていないことで、作者を浮き彫りにする。

子供たちの絵を見ていると、
時々、はっとさせられる。

だから思う。
知識も経験も壊した上で描けたら・・・

それは、ただの自由ではない。

子供たちの中にあるものを守りながら、

問いかけている。

教えているつもりで、
教えられているのは、きっと私の方だ。





2026年4月5日日曜日

焦り

窓の外で

季節が動いていた

早くしなくちゃ・・・

呼吸を深くして

目を閉じる



2026年4月4日土曜日

用の美

話していて
イメージしていることや考えが交差した、という瞬間は
とても嬉しい
昨日は、デザインについてお話を伺う機会があった

伝統的工芸品に認定されている益子焼
私が気になって訪れた窯元の商品は、
シンプルな形で色、大きさ、価格も手に取りやすい
このデザインはどうやって、生まれたのだろうか?

デザイナーさんがいるのだろうか?
様々な疑問があった

お話を伺うと

「職人さんの手により生まれた作品」

であることが分かった

デザイナーさんは、頭で作る人
職人さんは、手で創る人

そうだったのか・・・

それは絵画表現に繋がるものがあり、頭の中で何かが弾けた瞬間だった

そして私が「素敵だ」と感じた器たちは

今の時代に馴染みながら、しっかりと「用の美」を宿していた

そこには、濱田庄司の思想が、確かに息づいているように感じられた


~お時間を割いて下さったS部長様に心より感謝いたします~